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高松高等裁判所 昭和29年(ナ)1号 判決

原告 工藤健太郎 外一名

被告 阿部永一

主文

昭和二十九年五月九日施行の徳島県麻植郡鴨島町長選挙における被告の当選を無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等は、主文と同趣旨の判決を求め。

その請求の原因として

(1)  請求の趣旨表示の町長選挙において、(イ)、原告等は、右鴨島町選挙管理委員会作成の選挙人名簿に登録されている選挙人である。(ロ)、右委員会告示の候補者の選挙運動費用制限額は、金七万八千二百円と定められていた。(ハ)、被告は、右町長候補者に立候補したものである、ところで開票の結果その得票数が候補者中最高でありかつ法定数をも超えたので選挙会において当選者と決定した、それで右委員会長においても被告を町長当選人と告示した。

(2)  しかして該選挙におけるこれが選挙運動につき被告の出納責任者たる訴外井上隆義は、同年五月二十二日右委員会に対し、被告の該運動費用は、収支とも、それぞれ金五万七千六百五十六円である旨記載の報告書を提出した。

(3)  けれども右町長選挙は、旧鴨島町と牛島、西尾、森山の三村との合併による新鴨島町として最初のものであり旧牛島村地区から元村長にして県知事阿部邦一の弟たる被告並びに県農業委員会委員長にして元県議会議員たる中西正五郎、旧西尾村地区から元村長の曽我部光晴、旧鴨島町地区から元町長の大島佐三郎並びに前町長の川真田高太郎等立候補をし激烈な運動が展開され、それが立候補者のない旧森山村地区へ向けられるに至つた。殊に被告は現職県知事の弟であるところから多数の者の参劃応援を受け、又買収、饗応の悪質なる運動をもする等全く公職選挙法規を無視していた、だからその後それ等関係者が続々右選挙法違反容疑により検挙取調べられ被告人として起訴されるに至つている。斯様な実情であるし原告等能う限りの調査により被告の出納責任者のした前示報告は、真実のものでなく、ことさら事実を秘匿し脱落しているし右報告書記載以外猶秘匿脱落の支出が合計金十九万二千百八十七円も存することが判明した。その内訳の詳細次のとおりである。

(い)  選挙事務所借上料、金八、四二〇円

被告が選挙事務所として届出で運動期間(一〇日)中使用した「鴨島町牛島一、三六五番地上の阿部邦一所有家屋は、旧牛島村地区の中心にあり県道に沿う二階建二八坪余の完備したものである、ところで被告の演説会場借上料が一ケ所平均金八四二円となることに照らし勘案すれば右運動期間の借上料合計金八、四二〇円に相当する金銭以外の財産上の利益即ち寄附を受けたことになり従つて右事務所の使用は右同額の選挙運動費用の支出にあたる。

(ろ)  演説会場借上料、金三、五〇〇円

被告が演説会場借上料として支出したに拘らず左のものは右報告に記載されていない。

五月五日 字山路、善聖寺(西隆信)宅            金  五〇〇円

五月六日 字喜来、岡本雅男宅借上料二千円中報告してないもの 金一、〇〇〇円

五月七日 字西麻植、麻植市郷会館              金一、〇〇〇円

五月七日 右同所藤田晃宅                  金一、〇〇〇円

(は)  人件費、金四九、〇〇〇円

被告の右選挙運動においては、主として声の提供をする鶯嬢技術の提供をする拡声器整備係の外人格識見を説き政見の宣伝をするため演説或いは連呼をし又はそれ等に威容を整え選挙人の信用を得るため組織する隊に加わる等頭脳力及び発声又は労力を提供する者等が毎日数十人に達していた、けれども最少限毎日平均一五人(法定制限数)(但内一人分については報告書に記載してある)従事していたものとし右声、技術、頭脳力及び発声、労力等の提供即ち金銭以外の財産上の利益の供与を受けたことになり被告が該運動従事者に対し一日につき金三五〇円(法定制限額)の報酬を支払つていることをも考え併わすと右利益は一日金三五〇円とするのが相当であるから右一四人の一〇日分に当る支出がなされたこととなる。

(に)(1) 投票取纏め費用として交付したもの、金六三、〇〇〇円

被告が右費用として直接「山下仁平に金二〇、〇〇〇円」「三好静雄に金一五、〇〇〇円」「鳥田国一及び吉川良一に各金一〇、〇〇〇円宛」「原田万一に金五、〇〇〇円」「田中政一に金三、〇〇〇円」を交付。

(2) 右同 金一一、〇〇〇円

被告の意を受けた義弟中川計一及び島勝通之が右費用として「森本牧衛に金五、〇〇〇円」「島勝通之に金四、〇〇〇円」「妹尾岩吉に金一、〇〇〇円」「森本安市及び森本義雄に各金五〇〇円」を交付。

(ほ)  選挙運動連絡所の借上料、金三四、五二二円

被告が右選挙運動連絡のため字山路、三好静雄宅及び同所山下仁平宅字喜来、中川計一宅、字西麻植中筋、平島勝宅、字杉野、竹内巖宅の五ケ所を借上げ使用していたが前示(い)説明の如く一ケ所平均借上料金八四二円の割による全運動期間の借上料に当る利益の供与即ち寄附を受け同額を支出した。

(へ)  右連絡所における雑費、金一二、〇二五円

被告が右連絡事務所において消費した薪炭、茶、菓子、酒等買入代金として支出したもの「三好宅の分高橋順一商店から酒八升外二品代金六、三四〇円」

「山下宅の分後藤田伊勢助商店から酒六升外三点代金五、六八五円」

(と)  運動従事者に供与の煙草買入代金、金六、〇〇〇円

被告の意を受けた運動員妹尾市太郎が右目的のため運動員藤井敬教え交付した。

(ち)  投票を得るための饗応費、金四、七二〇円

被告の意を受けて右目的のため左の如き饗応をするに要した費用、

四月三〇日 山下仁平宅で甲斐清治外一三名に、酒食供与  代金一、八二〇円

五月七日  三好静雄宅で、島田国一外一三名に、酒食供与 代金一、四〇〇円

五月八日  竹内巖宅で平島富三郎外一四名に、酒食供与  代金一、五〇〇円

以上の次第で被告の選挙運動に関する支出額は前示報告書記載のそれとを合算するときはその額合計金二十四万九千八百四十三円に達し、前掲委員会告示の費用制限額を超過すること明らかであるから公職選挙法第百九十八条により被告の当選は無効であると述べた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する旨の判決を求め。

答弁として、請求原因中(1)の(イ)、(ロ)、(ハ)及び(2)の各事実、(3)の事実中町村合併及び初めての町長選挙である点並びに(い)表示の阿部邦一所有家屋を選挙事務所として届出で運動期間中使用した点はそれぞれ認める。右阿部邦一は、被告の実兄であり徳島県知事として昭和二十六年五月頃以来公舎に居住している関係上その頃から右家屋の管理を託され爾来無償で自由に使用しているものであるからこれを選挙事務所に使用しても借上料を支払うべき理由はない。又(3)の事実中(ろ)、善聖寺の借上料五〇〇円は、誤払いであり返還を求むべきものである。岡本宅の借上料二、〇〇〇円支払つたことはない、仮りに二千円支払つたとしても内金千円は、庭木等を損じた賠償金であるから選挙費用に加算されるべきものでない。西麻植市郷会館及び藤田宅の各借上料は受領を拒むので報告しようがない。尚仮りに原告主張のとおりとしても制限額を超過しない。叙上以外の各主張事実は否認する。(3)の事実中(は)鶯嬢及び拡声器整備係は各一名宛であり所謂選挙運動応援者である、又選挙に際し当選を得せしめるため候補者のする選挙運動に対し自発的に応援尽力してくれる者多数あるは当然である、だから被告のため法定の制限に従い多数の者が推薦の演説をし連呼をする等の行動をしたとしても所謂労務者として雇用したものでないから報酬を支払うべき筋合でない。仮りに(に)の(1)の如き交付があつたとしても、選挙費用の実費に充てるため預けておいたものであるが何れも費用に使用したものはないので返還を受くべきものである、ところがそれ等の人に返還の意がありながら偶々公職選挙法違反被告事件繋属するに至つたのでその侭になつているに過ぎないのであり選挙費用に加算すべきものでない。又(に)の(2)並びにへ、と、ちの如き事実があつたとしても、被告若くは出納責任者と意思を通じてしたものでない。それ故、結局被告の選挙運動費用の支出額は、原告主張の制限額を超過していないから本訴請求は失当であると述べた。

(証拠省略)

理由

原告等主張の町長選挙において、原告等が主張の如き選挙人であること、原告等主張の選挙管理委員会の告示した運動費用制限額が主張のとおりであること、被告が町長候補者に立候補し投票を開票の結果原告主張の如く当選者と決定しかつ町長当選人と告示されたこと並びに該選挙における被告の出納責任者たる訴外井上隆義において、主張の日時委員会に対し被告の選挙運動費用は、収支それぞれ合計金五万七千六百五十六円である旨の報告書を提出したことは、孰れも当事者の間において争いがない。

原告等は右報告が真実のものでなく該報告以外にも支出した多額の費用があるに拘らずことさらそれを秘匿し脱落しているしそれ等を加算すると前示費用制限額を超過するに至る旨主張するので審究するに、成立に争いのない甲第十七、十八号証の各一、二、第二十四号証の記載に弁論の全趣旨を併せ考えると、前示選挙は原告等主張の如き町村合併による初代町長選挙であり旧森山村地区からの立候補者がなかつただけで主張の如き立候補者五人が町長の椅子一つを争うものであり活溌な選挙運動がなされたことを窺知することができる。

(一)  成立に争いのない甲第十九号証の三、第二十七号証並びに乙第一号証(証人吉川良一の部分)証人井上隆義、仁井利雄、小沢邦男の各証言を綜合すると被告が原告等主張の日時頃その主張の場所(前掲(3)の(ろ))を借受け演説会場として使用したこと並びに右借受けに関し善聖寺に対し計金一、五〇〇円、岡本雅男に対し計金二、〇〇〇円を支払つたが麻植市郷会館に関し支払うべき借賃金一、〇〇〇円は、同会館管理責任者の都合から未だ支払われるに至つていないことを認められる。被告は右岡本に対する支払金中一、〇〇〇円は損害金であり選挙費用でないと主張するけれどもこれを認めるに足る証拠はない、また原告等提出援用の全証拠に右借受けに関し藤田晃に対し金品を支払い交付し又はその支払いをする約定のあることを認められるものはなく却つて証人西野定雄、井上隆義の各証言によれば右藤田方に対しては借用料又は使用料の支払いを要しないものであることが認められる、しかして右事実を成立に争いのない甲第三、十、十六号証、前示井上証人の証言に比照すれば、演説会場借受けに関し前認定出納責任者の報告以外にも善聖寺に対し金五〇〇円及び岡本雅男に対し金一、〇〇〇円合計千五百円を支払つたにかゝわらず前示報告書に記載されていないことを認められる。

(二)  成立について争いがない甲第十四号証の一、三、四、五、六及び第十五号証の四、五、成立に争いのない乙第一号証を綜合し、かつ前認定の如き選挙状況及び前示甲第十七、十八号証の各一、二を綜合して窺われる事情をも併せ考うれば、該選挙告示前(昭和二九年四月二九日告示並びに被告の立候補届出)立候補準備のため並びに立候補届出後被告自らこれが選挙運動を依頼し原告主張(3)の(に)(1)の如く山下仁平に対し五月一日及び四、五日頃の二回に計金二〇、〇〇〇円」、三好静雄に対し四月一〇日一万円、五月七日頃五千円計金一五、〇〇〇円」、鳥田国一に対し四月一四日頃並びに吉川良一に対し四月二六日頃各金一万円宛」、原田万一に対し五月一日頃金五千円」、田中政一に対し四月二九日頃金三千円」を、それぞれ交付したことを認めることができる。前示井上証人のこれに抵触するかのような証言部分は信用し難く他に該認定を覆すに足る証拠もない。被告は該金員は選挙運動費用の実費に充てる目的で預けたものでありしかも費用として使用されていないから選挙運動に関する費用に加算されるべきものでないと抗弁し乙第一号証によりそれが裏付けられるかのようであるが却つて新聞紙であることに争いのない甲第四、五号証中その記載が真実であると認められる被告の選挙運動員等の逮捕された日時に関する記載部分及び成立に争いのない甲第二十一号証の一乃至六第二十二号証と前示甲第十号証証人井上隆義の証言(一部)とによれば、右選挙は五月九日が投票日であり被告の出納責任者においては、その後運動費用の収支を調査、整理し同月二二日これが報告書を提出したものである、ところが被告並びに金員の交付を受けた前認定の者等が選挙違反容疑で逮捕されるに至つたのは、同月二三日を最初としそれ以後のことであることを窺知できる、そうするとそれ等の者は、その間該金員の精算、返還をなし得べき充分なる余裕と機会があつたものと言うべきであるに拘らず精算等を遂げていないのであることに鑑みれば、たまたま右違反事件のため精算等を果す機会を失したものなる旨の前示乙第一号証中の供述の記載内容は到底信用し難く従つて抗弁の如き趣旨の金員である旨の供述の記載内容も亦信用できない。のみならず前示甲第十四号証の三、四、乙第一号証、成立に争いのない甲第二十号証の一、二、証人阿部克祥(一部)松尾粂一(一部)の各証言を綜合すれば、前認定の者の中山下仁平は、四月三〇日頃選挙人や被告の運動員等十三名位に、又三好静雄は五月七日頃同様の者十三名位に対しそれぞれ酒食を供与し費用金千数百円宛を使用したことも認められる等諸事情に徴し前認定の金員は被告において投票並びに投票取纏めの依頼をしその報酬とし又は第三者に対し同趣旨のもとに供与するものとし交付したものであり所謂投票買収のための支出と言うべくその合計金六三、〇〇〇円は選挙運動のため支出したものであり、従つて公職選挙法第百九十七条、第百七十九条の趣旨に照らし選挙運動に関する支出というべきところ前示甲第十号証に比照するとこれらの支出が出納責任者の前掲報告書に記載されていないこと明らかである。

(三)  成立に争いのない甲第十五号証の一、七、甲第二十八、三十三号証を綜合すれば原告主張(3)の(と)の如く被告のため選挙運動をしていた妹尾市太郎は、事実上前示出納責任者井上と共に被告の選挙運動につき最高幹部として行動し井上に代り事務を執つていた上田芳治の意を請けて被告のため選挙運動をしている者に該運動に対する謝意を含めて配付供与する煙草の代金として被告の選挙事務所たる字牛島一、三六五番地阿部邦一方において、藤井敬教に対し五月一日頃から七日頃までの間、三回に計金六、〇〇〇円を交付したことを認められるし前示甲第十号証に比照するに該支出も前同様報告されていないことを認められる。被告において該支出は被告又は出納責任者と意思を通じたものでないと抗弁するけれども右認定の事実に徴し意思を通じたものと做すべくこれを覆すに足る証拠はない。

(四)  成立に争いのない甲第十五号証の三、甲第二十四、二十九号証を綜合すれば、原告主張(3)の(ち)の内被告の選挙運動者上田武雄、竹内巖が五月八日夜字牛島杉野、竹内方において選挙人十二、三名に対し酒食を供与しその費用金一、五〇〇円を要したしその際被告も臨席して投票を依頼したことを認められる(この認定に反する証人上田武雄の証言部分は信用できない)し前示甲第十号証に徴し該支出も前同様報告されていないことを認められる(これ以外山下、三好方における饗応は、前(二)において認定の如く同人等が被告から交付を受けた金員を支弁したものと認められるから別個の支出として加算すべきものでないと解する)。右認定により該支出は被告と意思を通じてなされたものであることが明らかであるからこの点に関する被告の抗弁は採用できない。

以上認定の支出額でもその合計は金七二、〇〇〇円となり、これを前認定報告書記載の支出金五七、六五六円に加算すると金一二九、六五六円となるから前掲委員会告示の運動費用制限額七八、二〇〇円を超えることが明らかである、そうすると爾余の点につき判断するまでもなく公職選挙法第百九十八条本文に該当することとなり(本件においては同条但書にあたる事実について何らの主張も立証もない)被告の町長当選はこれを無効とすべきである。

よつて原告の本訴請求を認容し民事訴訟法第九十五条第八十九条に則り訴訟費用の負担を定め主文のとおり判決する。

(裁判官 前田寛 太田元 岩口守夫)

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